テリロジー 「半公式」エンジニアブログ(仮)

株式会社テリロジー コンサルティング&ソリューション技術統括部

Configuration & Set-up技術部

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昨日はベテランから新人メンバーを含んだ機能的なチームでミーティングをしましたが、いろいろな意見がでてきて、有意義なものになりました。

3、4年くらい前はブレーンストーミングをしても、1時間シーンとなるような重苦しい感じだったのですが、いまは活発な意見交換ができるようになりました。

それこそ最近ではSlackやRocket.Chatなどがメジャーになってきましたが、当時は匿名投稿ができるJavaScriptベースのチャットを立てて、それをプロジェクタに映して、意見を出せるようにするなど、色々と工夫をしましたが、なかなかうまく行きませんでした。

いまはどういうことをしているかと言うと、あるお題に対して3分なり5分考えて、それを各自、付箋(ポストイット)に一生懸命書き出し、それをホワイトボードにペタペタと貼って、それを皆で眺めてからディスカッションをする、というスタイルをとっています。

僕は休みにはアジャイル界隈で活躍する友人の話を聞いたり、有志でやっている勉強会に顔を出したり、お付き合いのある先生の講義に潜ったり、企業のOBの方のところにお邪魔してアドバイスを頂いたり、まあ、色々なことをしました。

同じような悩みを抱える同級生も多いですから、たまには集まって、意見交換をしたりもしますが、若い時分の友人というのは大切です。付箋を使うスタイルは、友人のアイデアをヒントにしたものですね。

方法論はどうであれ、職場の雰囲気の改善であるとか、成功したあとに見える景色を皆で共有するとか、そういうことを地道にやっていくことが重要なのかなと実感していますが、すこし気を抜くと元の姿に戻ってしまうので、継続的な努力、そして、都度、新しいものを取り入れて活性を維持することが必要なのだと思います。

 

世の中の変化が激しいときに組織はどう変わっていくべきか。

 

学問的なものを若い頃に勉強した記憶がありますが、自分が大学の教科書を真剣に読み直したのは社会人2年目くらいだったりします。いま振り返ると二十代は毎日がつらく、モヤモヤしていたかな、と。ちなみに僕は転職組なので、二十代はテリロジーで過ごしていません。プロパーという言葉をよく聞きますが、まあ、僕はインプロパー(直訳:不適切)なのでしょう。

あえて引用はしませんが、SNS界隈でプロジェクトマネージャにタスクの優先順位をつけてくれ、と言ったら、「全部マスト!優先度最高に決まってるだろ!」って言われたので「全部優先度最高にするということは、全部優先度最低にすることと何の違いもありませんよ」と返したというやつが話題になってました。さもありなん。いろんなPMさんを見てきましたが、多くは調整係か命令係ですね。

 

隊長と兵隊みたいな関係はいまどきワークしないと思います。そもそも、隊長にすべてを委ねて、最適な活動ができるかと言うと、業務もプロジェクトも複雑に入り組んでいますから、そうはいかない。愚民政策反対。では、ボトムアップですべてうまくいくか、と言うと、そうではない、というのが難しいところ。

 

機械か生命体か。

 

我々のチームの在り方、それが機械的なものなのか、生命体なのか言うと、それは後者だと思います。まあ、技術部隊というのは機械のように扱われやすい性質があるのかもしれませんね。高額機器は壊れないよう大事に扱われますが、人間は壊れるまで使われる、そんな企業もあると聞きます。それではいけない。仕事はやらされるとキツイのですが、主体的に自分をコントロールしながらやればつらくはない(はず)。自分はもっとやりたいくらいで。

まあ、色々なことを言う人がいます。真空タンクもといシンクタンクや学者、経営者の説明の多くは合理的(な・・・はず)ですが、それは過去を振り返り、一般化するからで、いまを生きる僕らは複雑系の世界観、ブレを認める動的な世界にいるわけです。僕らに求められるのはその動的な世界に論理的に対峙することです。おっと、なんか胸が苦しくなってきた・・・。

言われたことしかしない、できない組織は縮小・均衡です。でも、人間を機械に近いものとして扱うのであれば、それでいいのかもしれません。しかしながら、いまのハイテクは数年後には極端な話、ローテクになるので、世の中を動かしているものは何か考え、その中で振れ幅みたいなものを感じつつ、うまくやっていかなければいけません。それが自然にできればいいのですが、やはり色々な制約があるのが組織ですから、うまくやらないといけませんよね。そこで、AIの話や、RPAの話をしたいところですが、これはまた今度。

 

一方、標準化の話があります。

人や状況が変わっても現状を維持するためには標準化が欠かせない、過去の歴史を振り返った時、勝敗の分かれ目が標準化にあった、そんな話です。ローマとカルタゴが戦ったポエニ戦争(BC3世紀)」におけるローマ軍の勝因はマニュアルにあったとか、そういうやつです。若い頃にフレデリック・テイラーの科学的管理法を学びましたが、確かに標準化をして生産性をあげるということは大切です。

例えば僕らの仕事の中で大切なものに、保守・サポート業務がありますが、マニュアル化によりCS(Customer Satisfaction)は向上すると思います。ナレッジがある程度蓄積されたら、それを標準化してマニュアル化すると。いまや僕らのチームは、一番多い頃にくらべて人数も3割くらい減っていますので、ここはしっかりやらないといけない。

それはそれでやる、でも、現実の延長線にイノベーションなどないというジレンマ。

権力で押さえつけるコマンドコントロール、行き過ぎた標準化と人間の感情を無視した生産性向上施策では皆、疲弊してしまう。それは人間にはデリケートな心というものが存在するから。確かに僕らは市井の人よりは、ネットワークやセキュリティの機器と仲良くお話することができますが、僕らは機械ではない。

 

ではどうあるべきか。

 

こんなこと偉そうに言うほどのことでもないのですが、ある程度の基準は必要であるが、変化の方向性を与えるリーダーやそれを認める雰囲気みたいなものが必要なのではないかと思います。組織が硬直化しないための新しい風、ですね。

だから、僕らは若い人や新しくジョインした仲間を巻き込んで、ブレストをやるわけです。同質化した人間を集めて、一斉指示や報告会をやる方法も場面によっては有効だと思いますが、昨日はそうではなかった。おかげで封筒には百枚近い付箋が集まりました。すべてが意見。

現実の延長線にイノベーションなどない、と言いましたが、例えば、ああなりたい、とか、このままでは不味い、というのをある程度は共有できるようにすることが必要なのだと思います。これも繰り返しになりますが、まずは既存の発想では処理できない現象の存在を認めつつ、揺れ動く世界の中でバランスをとりながら、安定を目指し、テリロジーらしさは失わず、徐々に、そして自然に、さらに良い方向に変わっていかなければいけないのかなと思います。

そのためには成功の先に見える景色(ビジョンというやつですかね)、同じシナリオをベースにチームで議論をするレベルに皆が到達するようチームリードしていかないといけません。今期も希望者が集まって、技術や英会話を勉強しているチームがありますが、継続は力なり。知は力なり。僕らC&S技術統括部、Configuration & Set-up技術統括部は地味で目立たない存在なんですが、メカニズムの話とか、フレームワーク、マーケティングなんていうのが、では、ごく普通の会話で使われるようになってますよ、という話でした。

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